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「とかげ」という言葉 [よもやま話]

どういう分野であれ、そのジャンルならではの言葉、専門用語というか、隠語みたいなものがあります。登山の世界でもそれは同じなのですが、中高年登山だの山ガールなんちゃらかんちゃらといった形で愛好者の範囲が広がってしまうと、近代登山が始まった頃や戦前、もう少し幅を広げて戦後は1960年代、70年代といった頃に使われていた言葉が通じなくなってしまうこともあります。

「休憩する→一本たてる」「トイレに行く→キジを撃つ(♂)、お花を摘む(♀)」などがそうした隠語なのですが、「とかげ」というのもその一つ。これは岩場の上でひなたぼっこをすることを指すわけで、古い雑誌(『82の夏山』岳人別冊、1982年)に掲載されているところによれば「トカゲのように陽あたりのいい山頂や大きな岩の上で、ひなたぼっこをしたり、のんびり昼寝をすることをいう」となっています。

私も一時期、こうした古い言葉が使われていた環境にいたクチなので、この説明に違和感はありませんでした。しかし、このほど、この説明でさえ言葉の意味がズレてきた後のものであることを知ってしまいました。というのは、先日、「ヤマの先達」という投稿の中で取り上げた今西錦司と同じ時代のクライマーが、自分たちの周囲で使われている隠語に言及している文章を目にしたからです。

大島亮吉という登山家がその人で、日本の近代登山史を描くとなれば、黎明期における東の雄として間違いなく名前の挙がる人物です。その大島のエッセイ「涸沢の岩小屋のある夜のこと」の一節に、次のようなものがありました。
そうしてくたびれたら、岩小屋へ下りて来て、その小屋の屋根になっている大きな岩のうえでとかげをやる。とかげっていうのは仲間のひとりが二、三年前にここに来て言いだしてから自分たちの間で通用する専用の術語だ。それは天気のいいとき、このうえの岩のうえで蜥蜴みたいにぺったりとお腹を日にあっためられた岩にくっつけて、眼をつぶり、無念無想でねころんだり、居睡りしたりする愉しみのことをいうんだ。その代り天気の悪いときは山鼠だ。穴へはいりこんで天気のよくなるまでは出ない。出られないのだ。しゃがんでいてもうっかりすると頭をぶっつけるくらいに低いところだから、動くのも不自由だ。だから奥の方へ頭を突込んで横になったきりにしている。


この「とかげ」という言葉が大島亮吉の周辺から発生したものであることは初めて知って驚いたわけですが、それ以上に、本来の意味は、厳密にはひなたぼっこをするというだけでなく、うつぶせの状態で(お腹を日にあっためられた岩にくっつけて)くつろぐことだったようです。そして、「とかげ」とペアになるような意味合いで「山鼠」という言い回しもあったようです。「山鼠」の方は市民権を得るに至らなかったようで、天気の悪い日に岩小屋の奥にもぐりこんでいる状態をそういうなど、初めて知る情報でした。

「山鼠」の方はどうでもいいのですが、「とかげ」は後々には登山愛好家の間で広く使われるようになったとはいえ、本来の意味からズレてしまっていたというのは、面白い話だと思います。

ところで、この手の言葉の例として最初の方で紹介したうちの「お花を摘む」については、最近?では他の分野でも重宝されているのでしょうか。アニメの「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の中で、登場人物の女の子が「ちょっとお花を摘みに・・・」と言うシーンがあり、その意味はスムーズに理解されているようでした。思わず、へぇ~と妙な感心の仕方をしてしまいました。


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芦屋ロックガーデンの説明板にも「とかげ」の言葉が見られるのですが、説明板に対する説明がないと理解できないのが今日この頃ではないでしょうか。




「京都クルーズ・ザ・プロフェクト」のWEBサイトもご覧ください。
http://kyoto-cruise.sakura.ne.jp/




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